龍山広報第53号

昭和39年12月号(NO.53)の広報たつやまの記事です。

—  写真でみる昔と今  —

昭和29年にはじまった秋葉ダムの建設による貯水の影響は14キロメートルにおよび、その水没による移転家屋は119世帯であった。

そのうち瀬尻部落はもっとも密集した場所で、ここに代替宅地を約25,400平方メートル造成して、そこへ小学校・郵便局・農業協同組合などのほか50世帯が移転して新しい村造りがおこなわれました。

村造り着工前の瀬尻部落を対岸から見たもの(昭和30年6月撮影)
村造り完成後の瀬尻部落(昭和39年11月撮影)

昭和39年12月号の広報たつやまでは、瀬尻地区の秋葉ダム建設による村造りの様子を、着工前と完成後の写真により掲載しています。

この村造り前まで使われていた旧瀬尻下平山橋の橋脚が秋葉湖にたっていましたが、平成30年9月4日の台風21号の通過後に気が付いたら倒れて見えなくなっていました。

旧瀬尻下平山橋の橋脚

森林文化会館からの見慣れた景色も少し変わりました。

 

【 龍山森林文化会館だより H30年9月号より 】